転記以下
マヤ暦の中で起こったシフトの結果についていつの日か十分な解明が行われる前に、このシフトの意味についてより深く顧みるのにちょうど良い時である。私たちがマヤ暦の長期暦の13バクトゥンが終わる日だとしている2011年10月28日から、いくばくかの時間が経過した。この日付と対立する2012年12月21日が過ぎた現在、マヤ暦と、特にその継続について検証してもよいだろう。2011年10月28日(13アハウ)のシフトとは実際には何を意味していたのだろうか、そしてその時に、世界は何が変わったのだろうか? 本当のパラダイムシフトの性質とは、事前にはその表出を完全に予言できないものであり、そのためにいくらかのサプライズが伴ってくる。もしそうでないとしたら、それは本当のパラダイムシフトではないだろう。それはまた、そのようなシフトの後では、ほとんど誰もが、現実についての観念をある意味ではそれ以前に抱いていたものから変更するであろうし、たぶん現在がその時なのだ。
そのような視点からは、私たちのマヤ暦の理解が進化し続けることが避けられない。たとえば羽毛に覆われた蛇(それは7昼6夜の波動運動のマヤの呼び名だが)は、古代では時々脱皮して、予言されていたのとは異なる方法で進化を続けることが知られていた。そのような転回の後では、暦を再評価する必要があるだろう。何人かの考古学者は、古代マヤはAD829年に起こるバクトゥンのシフトにとても大きな期待をよせていたと信じている。それは新しい「日」が開始する時だった。このバクトゥンのシフトは、地球的な視点で、とくにヨーロッパでは確かに文明に向けたステップだと見られるだろう。だが、地域的に見れば、グアテマラとチアパスのマヤ人にとっては、古典期マヤ文化の崩壊を意味していた。マヤ自身は、多分この崩壊を予想しなかったし、それが後に彼らが長期暦を放棄した理由なのだろう(長期暦を記録した最後の石碑はAD909年である)。いま”終わり”の日を議論しているのがまさにこの暦なのだから、9世紀にマヤの人々が描いていた期待をシフトが満たさなかったために暦が放棄されてきただろうことは、奇妙である。”終わりの日”にばかり関心を注いできた人たちは、12月21日が比較的穏やかで、少なくとも世界的な事件に乏しかったことから、同じことをしたくなるだろう。
だが、マヤ暦は特定の日付について語っているのではなく、多かれ少なかれ、長期間にわたる人間意識のシフトを記述しているのだ。私たちの理解の助けとなり、そこに参加し、学者たちがそのような問題を解明する必要に迫られるであろう領域とともに現れるのが、そのようなシフトの重要性なのである。マヤ暦についての知識は静的で一度学べば済むようなものではないのだ。それは常に人類の目的を問うようなことなのだ。このように、意味深い方法でマヤ暦を使い続けようと望むのならば、時には基本的な仮定を問い直す必要が生じるし、誤解は正される必要がある。私自身は、正しく理解すれば、依然としてこの古代の暦システムからとても深遠で有用なことを学べるだろうと、これまでよりもさらに確信を深めている。このことを具体化するために、私は『パラダイムシフト三部作 The Paradigm Shift Trilogy』の執筆を開始している。そしてその第1作となる『グローバルマインドと文明の黎明-旧石器時代から現代までの意識の境界をたどるThe Global Mind and the Rise of Civilization – Tracking the Boundaries of Consciousness from the Paleolithic to Modern time』を半年のうちに読者に届けたいと願っている。私は、この本が私たちの惑星上にどのようにして、そしてなぜ文明が現れたのかについて、この数十年で初めてオリジナルな考えを提供すると信じている。
おそらく失望のためにマヤの人々がはるか昔に長期暦を放棄してしまったために、この点についての私たちの知識は途絶えることのない生きた伝統から得ているものではない。その代わりに、この暦が古代マヤの人々にとってどのような意味を持っていたかに関心を抱く者や、この暦から世界について何かを学ぼうとする者は誰でも、考古学者によって引き出された情報にある程度頼らざるを得ないだろう。それを広める者が情報を理解せずに、あるいは歪めて使用すれば、人類の現在や未来の状態を理解する上でこの情報は現実の重大な危険となり、歪んだ形で浸透するだろう。マヤ暦研究のケースでは、このことは特に慎重さが要求される。わずか30年前には、この暦に関心を寄せたのは埃っぽい図書館の中で働く少数の学者だけだったし、その中の誰一人として、人類の未来についてこれがもっとも重要な情報の手がかりとなることを知らなかった。このようにして、彼らは後には最も関心を持たれる問題を掘り下げようとはしなかったし、その他の人々は無批判にギャップを埋めているのである。
マヤ学者たちの研究に基づいて、一般に長期暦とはそれぞれが394年の長さの13バクトゥンから構成され全体では55125年の長さの暦であり、BC3114年に始まってAD2012年に終わるのだと信じられている。この決定的な転換点は、しかしながら、この根本的な仮定が正しいのかどうか、再び問い直してみる時なのだろう。長期暦の終わりは世界の劇的な終末を意味するのだという、メディアがまき散らしたあらゆる馬鹿げた示唆はさておき、より精密な検査が必要なのである。このことは、13バクトゥンが終了した後で、長期暦と、そしてマヤ暦システムの9つの全ての波がどのように継続していくのかという問題に向かうことになる。私が述べることができる限りでは、原則としてこのシフトポイントの後で暦の波が継続する状態は3つ考えられ(Fig1のA~C)、そして、それらは相互に排他的と思われる。
Fig 1.13番目のバクトゥン(すなわち第7昼)終了後に継続する長期暦の状態には3つの可能性がある。この3つの選択肢は、その他の8つの波にもあてはまる。
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ホセ・アグエイアスは、1987年出版のザ・マヤン・ファクターでマヤ暦についての知識を最初に世界中に広めたが、上述のモデルAを提唱し、2012年12月21日に不連続性とともに歴史が終わると予言している。
「準備を整えるべきだ。この全惑星的な共時性のユニークな瞬間、光線の上の13.0.0.0.0が到来し、大周期[長期暦]だけでなく、ホモ・サピエンスと呼ばれる進化の暫定的な存在も終了するのだ。祭りの準備と畏怖すべき銀河-太陽のサインが物理的に受け取られる最中に、人類は動物やその他の王国と調和し、巨大な電磁波の波の中に正しい場所を得て、一つの循環として統一される・・・ 最後に地球は、惑星間文明の出現のための準備を整えるだろう。」
彼のこの日付に付せられた深刻な不連続性のヴィジョンは、その一部は13バクトゥンの後に長期暦が終了するという考古学者たちの発言に基づいていた。アグエイアスと違って、私は考古学者たちの”終わりの日”に疑問を抱き、それをアグエイアスよりも一年余り前に設定したが、それでも13バクトゥンの終わりには長期暦が終了するという彼のリードを信じて、そのために2011年10月28日を超えて進化的なシナリオを予言することは控えていた。私たちは、もちろん、はるかな未来の日付を刻んでいるマヤの石碑が存在することを知っていたが、それらを無視する選択をした。私はまた、マイケル・コウのような極めて卓越した考古学者たちが、13バクトゥンの後に長期暦が終了すると述べるのを読んでいた。このようにして、その時には私はこの問題をもっと深く探求する理由を見出さなかった。
しかしながら、アグエイアスと私がいずれも自分たちの理論の基礎に置いた、いわば13バクトゥンの終わりとは長期暦の終了を意味するという根本的な仮定は、今では、実際には古代マヤの史料によっては実証できないことが明らかになった。ごく最近になって、マヤ学者マーク・ヴァン・ストーンが初めて指摘したように(2012年:古代マヤの科学と予言)、古代マヤの人々が13バクトゥンの終わりを長期暦の終了(または新たな長期暦の始まり)とみなしていた証拠は、実際には何もないのである。むしろ、証拠は反対の方向を指し示しているのである。すなわち、マヤの人々は現在の長期暦が中断することなくずっと進行すると信じていた。(このことは、10月28日と12月21日のどちらを信じるかとは無関係であることを注意しておきたい。これは長期暦が終了しないこととは別問題である。)
私はここでアグエイアスや、私とアグエイアスがその見解を知らされた考古学者たちを非難しようとは思わない。なぜなら、私は自分で問題を探求することも可能だったのだから。今から振り返ってみると、この過ちを犯したことは全く納得のいくものだと考えざるを得ない。現代人は、暦とは同じサイクルの繰り返しを記述しているという観念をしっかりと教え込まれているために、考古学者たちもその研究の中でマヤ暦と長期暦にも当然に同じことをあてはめていたのだ。BC3114年に始まった現在の長期暦(第五世界)には、BC8239年に始まった13バクトゥンの前長期暦(第四世界)が先行していたことは明白だったから、マヤ学者たちは単純に、現在の長期暦も同じく13バクトゥンに限定されると考えたのである。このケースでは、同じ期間の連続する「世界」が次々と続いていく。それでも、古代マヤの人々が彼らの暦システムをどのように考えていたかは明らかではない。新しい研究は、古代マヤは13バクトゥンを循環するサイクルとは見ていなかったことを示唆している。そうではなく、現在の長期暦は最後の創造であり、そのために終わりのないバクトゥンの連続として展開されたのだ。そうすると、Fig1の中で長期暦の「昼」と「夜」の波のシフトを正しく表すのは、Cに示されたモデルということになる。
もし読者が前2つのパラグラフで報告した発見を本当に驚くべきことだと思わないとしたら、その意味するところを十分には把握していないだろう。これは、私には、今日の多くの人々がごく普通のこととして受け入れるとは思えない。このように、新しい発見は、世界の暦システムの中で古代マヤがいかにユニークで変則的であったかを際立たせる。このような非周期性は世界の他の暦システムには見られないし、それはただ神秘性を加えるのである。この非周期性は、マヤの長期暦はその他の暦とは別の文脈での理解を必要とし、その他の天文周期に基づく暦と同列には見られないことを示している。
マヤの人々自身は、実際、これを形而上的な暦として扱っていた。彼らによれば、「最初の父が世界樹を立てた」ことによって長期暦が始まり、異なる霊的な質を持った神々に支配されるさまざまなバクトゥンとカトゥンがそれに続いた。マヤ暦についてのそのような作用に、私は個人的にはそれらの質の起程点としてのみ真剣に受け止めている。このようにして初めて、古代マヤが実際に語ったことから、私たちは自分自身の時代に生起する事象について意味深い結論を描くことが出来るのである。なぜ、今日の多くの人々がこのことを無視する権利があると考え、2012年12月21日だといわれている終わりの日に起こると思われていることを根も葉もなくでっち上げるのかは、私の手には負えない問題だ。
それにもかかわらず、Fig1で際立っているのは、モデルCが3つの選択肢のなかで2011年10月28日のシフトが不連続とはならない唯一のものであることだ。これは私たち自身の時代の何かを、私たちが通り過ぎたバクトゥンのシフトが、なぜドラマや即時に結果をもたらすことなく経験されたのかを、すでに説明している。上述のアグエイアスや私自身も含めて、多くの論者たちは、私たち自身の時代の不連続なシフトを含意するモデルの上に思考の基盤を置いてきた。しかし、モデルCから、そうではないことが理解できるだろう。私は、これは昨年(2011年)にはバクトゥンのシフトが起こらなかったとか、マヤの長期暦は私たちの惑星上の意識進化を正確に記述していない、などという意味ではないことを特に強調しておきたい。なぜならば、マヤの長期暦が歴史の進化を理解する最良の手段であることは、私自身や、同じ前提に立っているバーバラ・ハンド・クロウなどの著書で大規模に証明されているからである。これらの証明は依然として成り立つのである。成り立たなくなったのは暦が13バクトゥンに制限されるという点なのである。
新しい発見は、マヤの長期暦は、いわゆる26000年の歳差運動周期やその他の天文周期に基づいてはいないことを決定的に証明している。26000年という期間はマヤのどの文献にもまったく触れられていないし、なぜそうなのか、今では私たちは十分に理解できる。それは、長期暦は周期的な循環現象ではないからである。それでも、歳差運動は現代の長期暦解釈に広く用いられており、それはこの暦の本当の価値を拒み、陳腐な物質主義者の現象へと向かわせるのである。なぜこれほど多くの人々がこんな説明を信じて、何の証拠もない理論をもてはやすのか、正直なところ私は科学者としてまったく理解できない。おそらくは、多くの人々がマヤ暦のユニークさをつかみ損ね、本質的にヨーロッパやヴェーダの占星術に似たものだと安易に考えてしまったからなのだろう。だが、そうすることで、古代マヤ人の神秘性と、私たちの世界の形而上的な暦の作り手という彼らのユニークな位置を否定してしまうのだ。私が知る限り、古代マヤの暦システムは、私たちの世界で使用された暦の中で、周期的な側面に加えて非周期的なレイアウトを備えており、そこから私たちは人類の精神の進化が方向性を持っていることが理解できる、唯一の暦システムなのだ。
この新しい発見では、長期暦は終わらないし新しい長期暦が始まりもしないのだから、2011年10月28日に私たちが通過したバクトゥンのシフトは表面的には無意味なものに感じられるかもしれない。しかし、真実から遠ざかることはできない! 新しい発見は、ただ、バクトゥンのシフトの時になぜ私たちが不連続性を経験しなかったかを説明しているのだ。その他の点では、このシフトはとても重要であり、同様の重要さを持つシフトは見当たらないのだ。とりわけ、今や長期暦が無期限に続いていくことがわかったのだから。
2011年10月28日のシフトの重要性を理解するためには、9つの異なる波があり(長期暦はその6番目である)、それらが同時に13段階(または第7昼)に入ったことを考慮する必要がある。9つの波のそのような同期は、有名なトルトゥゲーロ第6碑文の解読とも一致する(http://www.calleman.com/content/articles/the_tortuguero%20_monument.htm)。そこには、「9つの支えの神が降臨する」と刻まれているのである。私は、9つの(段/土台/支えの)神はおそらくピラミッド状の9つの進化のレベルのことを述べていると解釈した。古代マヤが私たちの時代について語った現存する唯一の碑文は、進化の9つの波のすべてがそのときに初めてシンクロナイズすることを意味しているのだ。
未来にこのようなシンクロナイゼーションが起こることを古代マヤの人々は確かに計算できたのであり、彼らが超人的な計算能力をもっていたと考える必要はないだろう。だが、この新しい光に価値があるのは、この有名なモニュメントは実際にはどの波も終わりに達するとは述べていないことを指摘した点である。古代マヤ人がこのような1400年も未来へ向けての注意を述べた石碑を立てたという事実は、たとえ9つの波が一つも終わらなくても、私たちの時代のシフトをとても重要視していたことを語っている。では、なぜ私たちの現在のシフトがそれほどまでにユニークなのだろうか? これを劇的に表現すれば、上述のモデルCに対応して、2011年10月28日のシンクロナイゼーションで、今や私たちは永遠の終わりのない時間に入っているということだ。もしヴァン・ストーンの発見が正しいのならば(私は正しいと信じている)、トルトォゲーロのモニュメントを作った人々はこのことを知っていたことを意味する。
このシンクロナイゼーションは、164億年前のビッグバンから続いてきた宇宙を創造する9つの波の積み重ねが今や完了し、第9波の活性化によって締めくくられたことを意味する。2011年3月9日の第9波の活性化は、5125年の中で初めて、人類にとって形而上的な領域から統合意識がダウンロードされる可能性が開始したことを意味している。この形而上的な領域は、2011年3月9日から現在まで続いている人類の変容の第一原因となる因子である。それ以上に、第9波よりも高い周波数の創造波はもう出現しないことから、時間の加速が終わったことも意味している。このように、極めて重要なシフトが起こったことを否定する理由はなにもないのだ。
しかしながら、人々がこの新しい意識のフレームをダウンロードするにつれて創造されていく世界がどのようなものなのか、私たちはまだ完全に見ることはできない。それでも、私たちは第9波の活性化がただちにもたらした変化のいくつかをすでに見ることができる。これをFig2にまとめておいた。Fig2は2011年に世界で起こった顕著な抵抗運動を示している。2011年3月9日の第9波の活性化に続く周波数の高まりは、すぐに日本の地震と原子力危機となって現れ、そしてシリアとリビアで戦争が始まった。この年はアラブの春だけでなく占拠運動も発生し、そして世界は経済崩壊の瀬戸際で何度もバランスをとり続けた。私は世界中で湧き起こった多くの抵抗運動の詳細までは予言しなかったが、周波数の上昇が始まったときに、確かに極めて正確な予言をした。このように、抵抗運動はすべて、第9波が活性化されヴェールが取り除かれて、人々は突如として自分たちが生きている世界の抑圧システムの多くの側面に気がつき、変化への願望を膨らませた結果なのだ。(Fig2を見よ) すなわち、”内のごとく、外もしかりAs inside – So outside” なのである。
第9波の活性化のために、2011年は確立された秩序に対してグローバルな抵抗運動がもっとも広範囲に見られた年の一つであった。この年の終わりには、タイム誌はパーソンオブザイヤーとして「抵抗者たち」を宣言した。このように第9波の活性化は、その時に実際に起こった事実を通じて検証が可能な効果を伴っており、私はこの波の存在を疑う理由をまったく見出していない。しかし、これら政治的・経済的変化を求める運動が将来にわたってエスカレートしなかったのはなぜかという疑問が残る。較べてみると、2012年は実際に比較的事件が少なく、既存秩序への抵抗もスケールが小さくなっている(バラク・オバマが2012年のパーソンオブザイヤーに選ばれたのが典型例である)。そうすると、2011年10月28日のシンクロナイゼーションはこの変化を求める動きが、新しい、たぶん見えにくい形を取った日のように思われる。それはなぜなのか。
その理由は、モデルCによればおそらく、この日を境に9つの波の全てが「夜」に転じて、第9波だけが高い周波数のためにその後すぐに「昼」に戻ったためだろう。このような社会分析に基づくと、2011年3月9日と10月28日は世界の動きに極めて重大な効果を与えたことがとても明瞭に感じられる。そして2011年10月28日は確かにマヤ暦の9つの波の全てが同期したシンクロナイゼーションの日だったのだ。もしも2012年12月21日が正しくなかったとしたら、人々が予言した多くのことが決して起こらなかったのは自然なことである。今や私たちが経験した時代のシフトの本当の意味は、2011年3月9日に第9波が活性化され、そして2011年10月28日にその他の波が全て不活性化されたことなのだ。このうちの後者が再活性化されるパターンは、ここで検討するには複雑すぎる問題であり、私はこれを『パラダイムシフト三部作』の第三巻で取り上げようと計画している。
Fig 2. 2011年10月28日に至るまでの第8波と第9波の影響を受けた抵抗運動のいくつかを示した。二つの波の特徴的な意識の極性も示してある。また、第9波はすぐに昼のモードに戻るが、これは第8波以下の他の波には当てはまらないことを注意されたい。
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インドのワンネスユニバーシティによれば、2011年10月28日からは精神的に覚醒した人々の数が世界中で増加しており、現在ではより一層増大していることは、第9波の効果が継続していることからして驚くにはあたらない。これは個人が経験していることだから、新聞の見出しになるようなことではない。それでも、第9波を通して可能となった精神的な覚醒は、新しい世界の創造のためにとても大きな準備となることだろう。このシフトは次の言葉で表現することができる。その時の支配的な極性のために、2011年のあいだは、「先に世界を変えて、それから覚醒する」という感情だった。2011年10月28日のシンクロナイゼーションの後では、それは「先に覚醒して、それから世界を変える」へとシフトした。そして、おそらくは後者の方が幸福な結果を得られることだろう。
実際、私たちがマヤ暦から学んだレッスンの一つは、世界は”内のごとく、外もしかりAs inside – So outside”の原則で機能しているということだ。だから、私たちが覚醒した内面を投影すれば、外の世界はもっと美しくなることだろう。2011年10月28日のシンクロナイゼーションの後では、劇的な変化を期待する理由がある特定の日がやってくることはない。むしろ、この進行しているグローバルな共同創造の一部になることは、これからの2,30年にわたって多くに人々に喜びをもたらすだろう。私は、2012年12月21日に行われたいくつかのセレブレーションによって、人々はすでに起こっているシフトに追いつき、そして世界の変容に一歩一歩参加していくだろうと信じている。私たちが今や知っているとおり、第9波は終わることなく続き、世界の変容を導き続けることだろう。
Carl Johan Calleman
Seattle, December 31, 2012 (1 Oc)
(2013年1月6日訳)
転記以上
http://ytaka2011.blog105.fc2.com/
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