この10月のマンスリーメッセージにも書いたように
ありえないような出来事が起きてしましたいました。
10月中旬
兵庫県尼崎市の民家の床下で男女3人の遺体が見つかった事件ですが
多くの犠牲者や被害者の方々に対して大変悔やまれます。
さらに
この事件で起訴された角田美代子被告の実態が連日明るみに出ると
信じられないような内容に目を疑います。
他人の家庭に入り込み
お金の要求からエスカレートして
子供に親へ暴行を働かせ死に至らしめたり
自分の手を下さずに
人を使うことやお金に対する執着
そして、自分の周りにも人をはべらせ
完全に服従させる欲望などは
到底普通の人にはできないことと思います。
しかしこのような記事もありました。
以下転記
 兵庫県尼崎市の民家の床下で男女3人の遺体が見つかった事件は、21日で最初の遺体発見から1週間を迎える。兵庫県警の捜査では、すでに判明している8人の死者・行方不明者と接点を持つ角田(すみだ)美代子被告(64)=別の傷害致死罪などで起訴=が事件のカギを握るとみられている。自宅周辺では暴虐に振る舞う姿が頻繁に目撃されていた一方、限られた身内には甘い顔を見せるなど、美代子被告の両極端な素顔が浮かび上がっている。
 近所の住民らによると、美代子被告は尼崎市に生まれ、地元の小中学校を卒業。高校には進んだがまもなく中退したという。20代前後の若さでスナックを経営し、横浜市で飲食店を開いたこともあった。
 その後は地元に戻り、尼崎市内の賃貸マンションに義理の妹、三枝子被告(59)=窃盗罪で起訴=らと居住。徐々に同居する男女が増え同じマンションの別の2部屋も借り、十数人の集団生活を送った。約10年前には近くの分譲マンションに移り住んだ。
 こうした生活を送る中、自宅マンション周辺でも住民らに何かと因縁をつけ、現金を執拗(しつよう)に要求することもあった。同じマンションの住民女性は「屈強そうな男たちとエレベーターに乗っていた」と振り返る。別の女性も「あいさつをしても、にらまれるので怖かった」と言葉少なに話す。
 美代子被告の息子の中学時代を知る女性(60)によると、美代子被告は息子をタレント養成所に通わせるなどし、ほとんど学校には通わせていなかったという。教諭が美代子被告に注意しても「うちは家庭教師が3人おるからええんや」といって無視し続けた。
 また、幼いころに美代子被告が出入りしていたという無人の民家の近隣男性(52)によると、住民らが庭の木を切ったところ、美代子被告が「無断で切った」といって数十万円を支払うよう要求したという。
 一方、美代子被告がよく買い物に訪れていた商店街では、息子と義理の娘、瑠衣(るい)被告(27)=窃盗罪で起訴=の間にできた孫に「こうやるんやで」と金魚すくいの手本を見せ、何度も挑戦させる姿が目撃されていた。瑠衣被告を「私の跡取りにする」と吹聴するなど、気に入った人間には甘い顔を見せていた。
以上
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121021-00000083-san-soci
たしかに
亡くなられた方々は皆、高齢であり
親族の子供たちは
かなり角田被告にかわいがられていたようです。
この事件を見ていると
角田被告のねじれた愛情
気に入った人間をとことん追いつめる
粘着質な人間性
完全にゆがんだ価値観や
果てしない執着、欲望というものを感じます。
彼女を霊視すると
孤独で誰も信じられないという気持ちや
大人や親に対する恐怖
抑圧された悲しみや
完全支配ということでしか受け入れられない愛情を感じます。
とても頭のいい方なのでしょう。
本来、生まれ持った気質は素晴らしいのに
恐れから完全に人生を狂わせてしまったのだと思います。
血のつながりというのは
とても尊いですが
それ以上に人間愛というものは
もっと素晴らしいのです。
子供を溺愛する辺りは
自分自身が幼いころに受け取りたかった愛情を
せいいっぱい子供へ注いでいるのでしょう。
ところで
人間はある意味自己犠牲の上で子供を愛します。
でも
親はその犠牲をいとわないくらいに子供への愛情を注ぐのです。
親子という絆、血脈から
子供へ愛情を注ぐことは不変であり
未来永劫変わらないことなのですが
とくに、子供時代愛情を注がれず
愛することに対して臆病になり
だれも人を愛することができない親は
子供にどのように接すればよいかわからないので
自己犠牲が大きな負債に変わります。
夫婦、家族という団体になると
その形が微妙に崩れてきます。
価値観をどこにおけばよいのか?という
社会的ルールを作り出します。
愛されたことがないので
感情がわかりません。
どうすればうれしいのか
そうすれば楽しいのか
よくわからないまま生きてしまいます。
欲求を満たそうとすればするほど
欲求不満を呼びます。
満たされるために何かを手に入れること
人に認められるために
地位や権力、お金、人間関係に固執します。
本当にほしかったのは愛情なのですが
それすらわかりません。
角田被告に照らし合わせると
贅沢な生活というステータスや多くの人間を服従させることでしょうか。
ここで事件を振り返ると
他人の家庭に付け込んで
服従させていくのですが
ここでもカルマの関係性を感じます。
親に暴行を働き死に至らしめた子供ですが
もしかしたら
この家庭にも
同じような価値観があったのかもしれません。
ほかのうちに知られたら困ると思い
ある意味の罪悪感と
角田被告を恐れて従わざるを得ないというと
なかなか警察に届け出を出せません。
家庭崩壊させ
子供たちを角田被告自身の身代わりへと
変えていくのです。
愛情がほしい子供たちは
従順になり角田被告に従います。
逆に言えば
角田被告も
実の親を虐待するその子供たちを見て
満足するという構図になります。
でも、きっとこの事件が
このタイミングで明るみになったことは
マンスリーメッセージでも書いたように
今、変化しなければならないということなのです。
10月のマンスリーメッセージではこのように書きました。
https://blog.trinity-in.com/category/12341594-1.html
死神があなたのもとへやってきて
決断を迫ったとき
恐れを感じたなら、その状況を変えなければなりません。
もし、愛を感じたなら、あなたの中には
すでに新しい何かがあるということです。

この事件に限らず
一家破産というのは
実はどの家庭にも起きうることです。
親による子供へのコントロール
親が決めた価値観を子供に押し付けることなどや
過干渉や自立させないことなどでおきる家庭不和など
ある意味この事件のケースに近いのではないでしょうか?
さらにいうと
あなたがもし恐れを感じているならば
そこから抜け出して
自由を手に入れるための行動に移すか
気持ちを切り替えて
変わらなければならないということです。
角田被告の子供たちや
関係者は角田被告から自由になりました。
角田被告は
おそらく、本来の自己愛に目覚めるために
社会から自由になったのでしょう。
あなたは何から自由になりますか?
ぜひこの機会に考えてみてください。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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