さて
”本宮”を後にいざ”前宮”へ
だいたい2〜3kmくらいあるんですけど
もちろん、徒歩で移動します^^
この日もピーカンで暑い日差しと涼しい風が気持ちいいです!
↑諏訪明神の”真澄の鏡”から銘名した
「真澄の酒」は銘酒としても有名です!
本宮から横の鳥居を抜け
すぐ上のほうに歩いて5分ほどでお寺があります
↑法華寺
↑木
↑門
↑大黒様と弁天様
実は
この御柱を巡る旅は
「弔いを立てよ」とのことをガイドからいわれ
ずーっと気になっていたのです。
「弔う」のは誰なのか?
そして、なぜ弔いを立てるのか・・・?
最初は
もちろん、この御柱祭りで亡くなられた方なのかと思っていました。
でも、
それだけではないようです。
この土地を巡って
さまざまな戦いがありました。
権力争い
家の対立・・・など
さまざまな犠牲を払って
御柱祭りもこのように続いているのです。
吉良氏もまた、その一人。
↑吉良氏のお墓
目の前で手を合わせさせていただきました。
↑社
↑長い石段
↑守屋家資料館
ここには貴重な御柱祭りの資料があるのですが・・・
お客もないので
今回はパスしました^^;
また、この地に呼ばれし日には
必ず見学させていただくことを誓って!
守屋山を祀る社がこちらにもちゃんとありました^^
↑鳥居
↑みぞ社
↑まるで御柱のような木が!
↑前宮に到着
↑参道
↑内御玉殿
ここに諏訪明神のご神器が眠る
↑御室社
残念なことに
いまではすっかり形ばかりの祠があるのみ
本来ならば
ここで大祝が諏訪明神のよりしろとなる儀式がおこなわれるのだが・・・
かつては
この御室にこもり
秘儀として行われていたそう
↑すごい木
↑本殿
↑柱
↑清流
↑ご神体である「守屋山」
じつはこの「守屋山」の奥には
古墳があるとのこと
ここで思ったのが
もしかして
「守屋山」の奥にある古墳を祀って
この神社が出来たのではないかということ
「弔いを立てる」意味も
もしかして
ここから来ているのではないか・・・?!
そんな気がしてなりませんでした。
モリヤというと
アセンデットマスター”エル・モリヤ”を思い出します。
彼もまた
”イエス・キリスト”の化身
ここで行き着いたのが
古代イスラエルとも深く関わり
キリストに深くまつわる地ともいえるのではないか???
という憶測なのです。(←あくまで憶測です^^;)
では、
ミジャクチ神とはどのような神であるか?
諏訪大社の大祝は童子の時に就任する男児
ふつう
女子が神の言葉を授かる巫女として遣えますが
この男の子というところがポイントです。
なぜか?
それはつまり
神様が”女性”であることを現します。
ミジャクチ神とは
出雲系でいうところの神様です。
つまり
日本の書物を紐解いても
最大最後の謎を秘めた神
稀有の秘神
「瀬織津姫」であると思います。
「瀬織津姫」の解説はいたるところでなされていますので
ここでは簡単にさせていただきますが
その力の大きさを知り
歴史上から封印させたかったのでしょう。
なぜか?
それは「瀬織津姫」=マグダラノマリアだからです。
この土地に来たとき
神社をお参りした時も
なぜだかとても不思議な気持ちになりました。
なんだか異国のエネルギーに触れているような気がするからです。
遠隔による「双龍の聖祭ヒーリング」をさせていただき
ずーっと気になっていたことがあるのです。
それは
スサノオ、コノハナサクヤヒメのペアであること。
だって
夫婦じゃないでしょ?
なんでだろう?
とずーっと悩んでたんです。
でわかりました。
彼らはこの諏訪の土地を守っていたのだと・・・。
スサノオとコノハナサクヤヒメつまり
大天使ミカエルと聖母マリアは守っているのだと
キリストとマグダラノマリアが一生添い遂げることを・・・。
それは
私が「グラストンベリー」で見た光景でした。
あの地には
チャリスの井戸があり
その紋章は聖杯に聖剣が貫いたものでした。
その井戸を
丘から大天使ミカエルが
そして近くの教会には
聖母マリアが見守っているのです。
実は一説には、天照大神は「男神」であり、
瀬織津姫は后神ではないかとのこともいわれております。
つまりはそれは
一族を超えた愛であったのではないでしょうか?
大和朝廷と出雲系の異なる部族で惹かれあった彼らは
ただならぬ愛・・・
不運にも一生を添い遂げられない運命にあったのではないでしょうか?
いつの世も
残念なことですが
歴史は都合のよい部分で塗り替えられてしまいますね・・・。
まあこれは
私が考える仮説ですので
解釈のほどはご自由になさってくださいね^^
さて
「弔いを立てる」の意は
もちろん
イエスとマグダラノマリアということにもなります。
その歴史を築いてきた
守ってきた方たちへということでもありますね!
↑木漏れ日がまぶしい
↑中小路
↑十回廊
ここで「御頭祭」が行われます。
↑社
↑跡地
↑弓立石
↑社